アニリン⑥

2019年2月19日

 

このお話は、DDONのフィンダム大陸に出てくる敵グリーンガーディアンと少女を主体にしたお話です!

グリーンガーディアンはこんな魔物です↓

今回で6話めなので、「まだ前の話読んでない!」という方は以下からどうぞ↓

 

次で最後となりそうです! もう少しお付き合いください…!

 


を注すようにし込んだアニリン

 

 あにりん。アニリン。
 ぼんやりとした意識の中で何度も名前を呼ばれて、霞む目を凝らすと、見慣れたフォルムが見えた。
 片方だけの角。四足の、人の言葉を喋る獣。グリーンガーディアン。
 彼は、わたしと長いこと一緒に生きてきたグリーンガーディアン。この不条理な竜の世界で、唯一、わたしを助けてくれた子。
 あにりん、とあの子に何度も呼ばれている。
 返事をしようと口を開いたのに、わたしからは乾いた咳しか出てこなかった。
 ゆらゆらと揺れる視界に力がなくなって、目を閉じる。
 アニリン。何度も呼ばれて、鼻で顔を小突かれているような気がするのに、すべての感覚が、とても、遠い。

(どうして?)

 どうしてだっけ。どうして地面と顔が近いのだっけ。地面と顔が近いのだから、わたしは、倒れているんだろうけど。それはどうしてだっけ。最近はなかったけど、また発作を起こしたんだっけ?
 答えを求めて、頑張って瞼を押し上げる。
 わたしの顔に鼻を寄せているグリーンガーディアンは、片目から血を流していた。「…、」息が漏れる。
 その、目。どうして。

「うで、は」

 腕。腕…?
 腕、っていうのは、わたしの手のことかな。どうしてそんなこときくのだろう?
 腕、と言われて視線を持っていくと、腕、がなかった。左腕。二の腕のところで、中途半端に、ちぎれている。「…?」自分の目が信じられなくて、何度も瞬きをする。懸命に目を凝らす。何度見ても、どう見ても、左腕がない。左手がない。どうして。どうして?
 自覚したとたん、焼けるような痛みが襲ってきた。
 泣いてしまうかと思ったけど、涙は出なかった。
 だってわたしは、幼い頃、この焼けるような痛みを味わってきた。殴られる痛み。蹴られる痛み。骨が折れる痛み。痛みの種類は違えど、痛いってことに変わりはない。わたしは、痛い、ってことに慣れている。
 無事な方の腕で地面に手をつき、熱い体を起こしていく。「…、だい、じょうぶ」わたしは、痛みに強いんだ。大丈夫。片腕がないくらい、なんだ。大丈夫。大丈夫。
 起き上がったわたしにグリーンガーディアンのあの子は安心したのだろう、口元を少し緩めて…でもすぐに閉じた。

「てき、くる」
「…うん」

 私の左腕を噛んだままの形で、首から上と、首から下に分かれて転がっている、彼と同じモノを眺める。
 ……わたしの、腕。あの世への渡り賃くらいにはなればいいけど。

 

 


 

 

 住み慣れた拠点を捨て、フィンダムでも平穏な方であるアラン水林へと逃げて、一週間がたった。
 この辺りは水場が多い。だからだろう。オレがニオイに気を遣ったこともあって、かつての仲間からの追手はこなかった。
 …あるいは、あの群れのリーダーをオレがやったことで、群れのバランスが崩れ、それどころではなくなったのかもしれない。
 植物のような毒に支配されているとはいえ、動物の本能というのはそう簡単には消えないはずだ。狼がそうして獲物を求めるように。ゴブリンが人を襲うように。リーダーがいなくなった群れは、次のリーダーを決めているのかもしれない。どちらにせよ、あのあと追手がかからなかったことは幸いだ。
 革でできた巾着を、まだ飲める水が流れる川に沈めて水を入れ、巾着の口を縛る紐を牙に引っ掛けて、なんとか持ち帰る。
 角と、そして視界まで片方になり、まっすぐ歩くこともおぼつくが、最近は水汲みも何度かやって慣れてきた。段差に躓くことも減った。

「アニリン」

 水をこぼさないようあまり口を動かさずに呼んだせいか、アニリンは反応しなかった。大きな木の幹にもたれかかって頭を垂れている。
 サク、サク、と草原を踏んで近づき、水の入った巾着を揺らした。チャプン、という水の音で、彼女はようやく顔を上げる。「お水…ありがとぅ」左腕を伸ばそうとしたのだろう、包帯の巻かれた肩を少し動かしてから、思い出したように右腕を伸ばしてオレの口から巾着を受け取った。
 …アニリンの左の腕は変質し、色が変わってきていた。
 腐っているのだ。順番に、少しずつ。
 腐っているリーダーだったモノに腕を喰いちぎられたのだ。そして、アニリンはオレとは違い、体が強くはない。だから少しずつ少しずつ、毒に、侵されていっている。
 最近、夜眠っているときも、うなされていることが多い。そのせいで睡眠の質がよくないのだろう。アニリンの目元にはクマが目立ち、顔色もどことなく悪い。

「…アニリン」

 水を飲んで落ち着いた彼女に、何度めかわからない話を切り出す。「ひと、ざと。いけ」人里に行って、この毒の治療法を探すのだ。毒が周知されてそれなりの月日が経過した。対策の一つくらいされているはずだ。

(いらない誤解や争いを避けるため、オレは、そばについてやれないが。お前のことは、遠くから見守っているから)

 だが、アニリンは首を縦に振ろうとしない。無理な笑みすら浮かべて「大丈夫。痛いのはだいぶよくなったから」と言う。オレが言いたいことをわかっているくせに、わからないフリをする。
 さらに一週間がたった頃。アニリンの首に発疹ができ始めた。
 崖を下ればすぐそこに小さな家がある。そこの人間は排他的ではなく、どちらかといえば穏やかで協力的だ。日々薬草を集め、煎じ、家族で穏やかな時間を過ごしている。この状態のアニリンでも、駆け込めば、力になってくれるはずだ。
 何度も諭したが、アニリンは子供のように首を横に振り、決して動こうとしなかった。
 さらに一週間後には、アニリンは発熱と発疹の痒みに悩まされるようになった。
 痒みによる寝不足と、熱により意識が朦朧としているアニリン。
 ……オレは、彼女に怒られることを承知で、ぼんやりとして意識がないに等しい彼女を背中にやった。この三日まともに寝ていない彼女の目は病人のそれで、体も、ずいぶんと痩せた。
 オレは彼女を小さな家の前に転がした。それから、カリカリと閉ざされた扉を爪でかいて、茂みの中に隠れた。…ほどなくして女が出てきて、倒れているアニリンに気づき、慌てた様子で抱き起こすのを見守る。
 小さな家から子供と男が出てきて、協力して彼女を中へと運び込む。
 パタン、と閉じた扉を前に、フウ、と吐息する。
 ひとまず人間に彼女を預けることに成功した。あとは、治療法ができているか否か。せめて、症状を食い止めるだけでも…。

 

 アニリンから離れたあとも、オレは彼女と一家を観察し続けた。
 アニリンは介抱されて体力が持ち直し、熱もなくなったようで、以前ほど顔色は悪くない。塗り薬ももらったのか、首に染料のようなものを塗ることで、痒みもマシになったようだ。腕に巻かれている包帯も新しい。
 ……一人娘を持つこの一家とアニリンの相性は良い。いや、本来知性ある生き物とはこのように在るべきだ、という生き方をしている、といえばいいだろうか。
 小さな子供にお姉ちゃんと慕われ、アニリンはまんざらでもなさそうだ。
 そんな彼女を崖の上の茂みの中から眺めていると、ふと、あることを思った。

(もしかすると、ここが、潮時だろうか)

 オレは、かわいそうなアニリンのため、ピクシーから彼女を救った。
 生まれて生きて、辛く悲しい生き方しか知らなかった彼女のために、今日までオレなりに愛情を注いで日々を過ごしてきたつもりだ。
 だが。オレにとって、かつての群れが、もう存在しないかつての仲間が、懐かしい、と思うように。アニリンも、人との生活を望むかもしれない。それが平穏で、心を許せる場所ならなおのこと……。

(あの一家にアニリンを託し、オレが消えることで…アニリンは、このまま、人の世で生きていけるのではないだろうか?)

 自分の思いつきに、オレはじっと崖下のアニリンを見つめた。彼女は小さな子供と花輪を作っている。
 片手のアニリンは、子供に教えられながら、花の茎を編み込んでいる。なかなか苦戦しているようだ。だが、子供と一緒に作った花輪が不器用ながらも完成したとき、アニリンは子供と一緒に嬉しそうに笑っていた。
 一つ、大きく呼吸して、吐き出す。
 のっそりと立ち上がり、茂みを出て、歩く。
 正しいだろうか。オレの独りよがりではないだろうか。アニリンは、どう考えるだろうか。
 ぐるぐると考え事をしたせいか、喉が渇いた。
 川まで行き、片目で川面をじっと見つめて……自分の背中を振り返る。後ろ足の方に、自分では届かない部分に、何か、生えている。緑の。棘のようなものが。
 ソレを認めたとき、オレの考えは決意に変わった。
 オレは、アニリンから離れよう。そうすべきだ。彼女はこのまま人の世に帰す。本来それが正しい生の形だ。
 今のアニリンは、オレがいなくても、大丈夫だ。だから。

(サヨウナラだ。アニリン)

 

 


 

 

次で最後となりそうです! ほんのりとした幸せ目指し………目指してるハズ…?(´・ω・`)

 

 

 

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