25.ブラッド家の調査および生存者との接触

 

 

 手間のかかる情報収集・検索系の作業はAIである紅葉に任せ、私はといえば、仕事を依頼された次の日に雨の中外出して件のブラッド家を訪れていた。
 秋の雨のせいか、手入れが行き届いていない庭木のせいか、どこか沈んだ印象のある屋敷の前に立つ。
 確認した情報によると、この家では十年前に当時六歳であるミリー・ブラッドが自死し、後を追うように両親であるブラッド夫妻も死亡している。
 残ったリリー・ブラッドは狂気の老人とともに十年間、この屋敷で人形同然のような扱いを受けて暮らしていた…。
 錆びや汚れの目立つ屋敷の外観を眺めていると、いつの間にか斜め後ろに真っ黒なコートを着てフードを目深に被ったウォッチャーの一人が立っていた。相変わらず音も気配もしない。…その幽霊のような登場の仕方、いい加減やめないかな?

「やぁ」

 努めて冷静に声をかける。「上司の彼女に許可はもらっているけど、提示は必要かな?」「いいえ。わたしは質疑の応答役です。ご不明な点があれば答えます」相変わらず機械的な返答をするなぁ。
 ブラッド卿が消えてからの状態を維持しているという屋敷の扉を押し開けて……想像していたモノと空気が違って、なんだか拍子抜けした。呪詛に対する護身手段を色々用意しておいたけど、この分だといらないな。
 室内は暗く、今は暖炉の火も途絶えているが、それだけだ。本当にそれだけ。どこにでもある古びた屋敷然としている。

(深淵を覗いてその中身を取り出していたというわりには、ここの空気は普通だな)

 現場保存のため、靴についた泥は魔術で乾かして落とし、傘も入り口で立てかける。
 斜め後ろをついてくるウォッチャーの一人を連れて屋敷の中を見て回った。
 使われた痕跡のない食堂、リリー・ブラッドが寝起きしていただろう、かろうじて人が生活していた痕跡のある部屋。長年使われていない空部屋がいくつかに、なんの変哲もない浴室……。
 最後に地下へと行き、静かな空気しか残っていない地下牢を前に腕を組む。拷問器具、その痕跡はあれど、それだけ、か。

「ウォッチャーの見解は?」

 首を捻って斜め後ろに付き従っているウォッチャーの一人を見やる。暗い室内でもフードを被ったままの相手は「呪術を得意としていたブラッド卿が長年暮らしていたわりには、空気が正常であり、呪いの痕跡がどこにもなさすぎる……と仰っていました」金髪碧眼の彼女の見解だろう。やっぱりそうか。私も同じ意見だ。
 普通、『呪う』という行為には犠牲が付きまとう。だからこそ忌避され嫌われるのだから。人を呪わば穴二つ、とはよく言ったものさ。

「雨と時間経過で消えてしまってるだろうけど、ブラッド卿が消えた当時の屋敷の様子は?」
「屋敷内は今と同じです。不可解なほどに正常化していました」
「他には?」
「…敷地を範囲とするような、大規模な魔術が行使された形跡がありました」
「呪術ではなく?」
「はい。魔術です」

 ふむ。それは興味深い。あれだけ呪うことに傾倒していた人物が行った大規模な魔術…。それは一体なんだろう。
 考える私の前に立体映像のウィンドウが飛んできた。どうやら資料のようだ。「これは…懐中時計?」蓋にあるルビーが特徴的だが、欠けて砕けている。何かが当たって割れた、という感じじゃない。懐中時計は中の部品が飛び散るくらいに強い力で砕かれている。

「発見当初すでに破壊されたあとでした。現場にあった手がかりといえる品はそれくらいです」
「…………」

 時計か。見たところそれなりに高価で歴史のある骨董品のようだ。もし卿が使った魔術の媒介がコレだとするなら……。
 頭の中に様々な可能性が浮かんでは消えたが、いったん保留にする。
 推測の域を出ないのに時間を割くのもね。かつての天才が独自に編み出した魔術なら、可能性は無限大。魔術はなんでもアリなんだ。考えるだけ無駄だろう。
 屋敷の入り口に戻り、立てかけておいた傘を手にした私に黒いグローブをした手が差し出された。

「こちら、必要ならば、と預かっているデータですが。お使いになりますか」

 ウォッチャーの手にあるのは記憶媒体のようだ。きっと彼女が気を利かせたのだろう。「これはどうも。助かるよ」その手からチップをつまんでさっそく端末に差し込んだ。中のデータを紅葉へと転送する。
 有能な機械である彼女に調べさせてはいるが、ある程度でも情報が絞れた方がこちらとしてもありがたい。時間の無駄は省きたいしね。
 外は相変わらずの雨模様だが、データのこともある。いったんロンドンに戻って情報を整理しよう。

 

 

 

 

 最近よく来る、見慣れた駅に戻った頃にはお昼もとっくに過ぎたいい時間で、小腹が空いていた。
 駅のスタバで適当に頼んだコーヒーとサンドイッチを頬張っていると、端末に着信アリ。相手は紅葉だ。あれからまだ数時間だが、捜査に進展があったのだろう。
 ワイヤレスのイヤホンを片耳に押し込んで「はいはい」と日本語で応じると、『該当者の割り出しが終了しました』と機械的な声が響く。
 さすがAI。ウォッチャー提供の情報が有用だったにしても作業が速いことだ。「どうだった?」コーヒーをすすりながら問いかけると、立体映像がポンポン出てきて目の前に並ぶ。全部日本語だ。漢字とひらがなとカタカナの羅列がなんだか懐かしい。

『確認できた限りの生存者は二名です』
「二人…。やっぱり少ないな」

 ずずず、と熱いコーヒーをすすりながらぼやく。
 預けられたチップの中の情報は、ざっくり言うと、ウォッチャーがこれまで『ブラッド卿となんらかの関係がある』と踏んだ人物の名前を始めとした個人情報が記録されていた。
 一般市民であった彼または彼女が何を思って魔術…いや、魔術と謳う呪術に手を出したのかは知らないが、彼らは手を出した術によって息を止めたのだ。人を呪わば穴二つ。ただおいしい話なんてこの世にはないってことだ。
 紅葉が記録された名前をもとに該当者を割り出し、すべての人物の現在の情報を洗い出して、それで、生存者はたったの二名。
 サンドイッチを頬張る私に構わず紅葉は続けて映像を表示させる。
 問題の二人だろう。どちらも若い。私と同年代じゃないだろうか。『大学の先輩、後輩の関係だった二人です。そのうち一人ルーカス・ホワイトは夜のパブで仕事をしています』「ふむ」普通の仕事を、か。呪術が使えなくなったから普通に働くことにしたのか、はたまた呪術にはそこまでこだわりがなくて、だから今も生きているのか…。
 AIがまとめてくれた情報に目を通す。
 先輩後輩の『先輩』の方は若い男女間ではそれなりに顔が知られているヤリ手的な人物であり、『後輩』はその汁を吸いたくて近づいていった感じの…。なるほど。

「もう一人は?」
『所在不明です。住所とされている場所はすでに引き払われていました』
「ふむ」

 ヤリ手そうな青年の映像を指で弾く。
 こっちはどこかに雲隠れ。ならこの青年の後輩だというパブ勤めのルーカスに話を聞こうか。場所はキングス・クロス駅のパーセル・ヤード。隣の駅の構内か。
 夜の駅にあるパブということなら、観光客もかなり出入りするだろうし、様々な言語が飛び交うだろう。ちょうどいい。
 糖分補給に甘そうなドーナツを追加注文し、口に押し込みながら頭に情報を叩き込んで、夜、人で賑わうパーセル・ヤードを訪れた。
 あらかじめ電話をしておいただけあって、目当ての後輩くんであるルーカス・ホワイトはこちらが伝えておいた偽名を告げると合点招致という顔でポンと手を叩いた。人でごった返し忙しそうなパブのカウンター奥を振り返って手を振りながら「ルーカス、三十分休憩頂きます!」宣言するだけして黒いエプロンを取り払って蝶々のネクタイを外し、「注文は? ビールですか? それともサイダー?」…普通に営業。まぁ、タダで話を聞けるとは思ってないからいいけど。
 肩を竦めて「じゃあサイダー」と言うと、向こうはビールとサイダーを注いで戻ってきた。勝手知ったる店だけに手早い。さっき揚がったんだろうフィッシュアンドチップスまでちゃっかり持ってきている。
 ビールを一気に飲み干すと、ド派手なピンク髪の相手はようやく一息吐けたという感じで小さなテーブルに頬杖をついてチップスをつまみ始めた。

「それで? シリル先輩のことで話があるんでしたっけ」
「そうなんだよ。最近彼どうしてる? この間のパーティードタキャンされて、こっちもさんざんだったからさ。一言言いたいんだよね」

 彼にとっての先輩はそういった企画をふいに立てては人の間をもったり盛り上げたりする、まぁ気分屋だったらしい。その人脈と甘いマスクで女子をとっかえひっかえしていたタイプの男だったのに、それが最近サッパリだ、というのは調査済みだ。
 あー、と口をもごもごさせながら後輩たる彼は首を捻る。「それが、ボクのとこにも連絡ないんですよね。やっと通じたと思ったら『今は忙しい』とか言って切られちゃって。それからは携帯も繋がらないし」やれやれ、とピンクの髪を揺らして頭を振ってみせる。「先輩の行方を知りたがる人多いんで、ボクもメーワクしてるんですよ。知らないっていうのに」どうやらこんなふうに訊かれることも何度目からしい彼は質問にも慣れた様子でビールの二杯目を注ぎに席を立った。…それにしても派手な髪だなぁ。

(あの分だと、ただの顔見知りで連絡を取りたいという路線では大した情報は出てこなさそうだ。なら……)

 ジョッキいっぱいのビールを手に戻ってきた彼に、掲げた指をパチンと鳴らすと、辺りに静寂が満ちた。書き込んだⅠの文字が喧噪のただなかにいるには不自然なほどの静けさを提供する。
 思わずという感じで周囲を見回したピンク髪の彼が、私が腰かけている席のテーブルにある静寂のルーンを見つけた。これがどういうものかというのを察したらしい。「あー……」ピンクの髪に手をやると所在なさげにビールを口に含んで着席する。

「こちら側の話なんだ」

 夜、駅構内のパブ。そう広くはない店内で各々酒の入ったジョッキを手に盛り上がる常連客、観光客の声はかなりうるさいものだが、周囲は壁一枚隔てているかのように静かだ。
 魔術を行使して切り出した私に、相手は溜息を吐いた。誤魔化せないと判断したのか逃げ隠れはしないようだ。「君と彼は魔術を教えてもらったろう」「まぁ。一応は」「その術師が行方知れずになっている、というのは?」彼は胡乱げな顔で自分の右手を見下ろした。

「知ってます。というか、感じてます。借り受けてた力が、さっぱり使えなくなったんで。何かあったんだろうな、とは」

 彼が掲げた右手は一見すれば普通の人間の手だったが、皮を一枚剥がせば、身の毛もよだつようなモノが詰まっているだろうことは不自然に脈打っている皮膚を見るに明らかだった。
 あまり触れたくはなかったが、状態を調べたくて彼の右手を取る。私という魔力の気配を感じたのか、彼の右手の表皮から細い触手のようなものが突き出してきた。うわ、キモチワル。

「これ、まだつけてる気? さっさと外さないと君の命にかかわるよ」
「ええー」

 そんな、と眉尻を下げて自分の手を見下ろす彼にはあまり緊迫感が感じられない。…これだから一般人は。自分の都合のいい現実しか教えられていないっていうことにいい加減気付いてもいいだろうに。

「コレは魔力の供給で成り立つモノだ。その供給源は当然コレを与えた人物。その人物からのエサが途絶えた今、コレは何を食べていると思う? 君のない魔力を喰らい尽くしたあとは、君自身を喰らうことになる」
「じゃあ取らないと…いや、でもどうやって? そんな知り合いいませんし」
「……手配してあげてもいいけど。その代わり、君の先輩に接触する機会をくれないか」

 自分の右手を気味悪そうに眺めていた後輩くんはきょとんとした顔でこちらを見つめた。「はぁ。先輩にコンタクト取ればいいんですか? それでボクは助かる、と」「まぁね」「それくらいは別に構いませんが…あなたはそれでいいので?」「ツテはあるけど、お金は自分で用意するんだよ。当然だろう」「おえー」言いながらビールを飲んでいる。マイペースだなぁ。「それで命が助かるんだ。違法なモノに手を出してただ死ぬよりはマシだろう」チップスをつまんで口に放り込んだ私に、相手はこれみよがしに溜息を吐く。

「おいしい話って、ないもんですねぇ」

 おそらく彼は、先輩にあたるシリルにうまい話を聞いて飛びついたんだろうが。そんな話あるわけがない。
 交換条件だがシリル・キーツにも接触することができそうだし、これで今日の仕事はおしまいだ。
 飲み代を払ってパブを出たあとはツテの医師に連絡を…と頭の中で今後の計算をしながらサイダーをちびちび飲む。
 こういうシュワシュワした刺激物は苦手だ。喉の刺激が劇物を思い出すから。
 少しも減らないサイダーを残そうと割り切ったとき、「でも先輩は上手なんですよ」というぼやき声。視線をやるとピング髪の彼は揚げたフィッシュをつまんで口に放り込みつつ、どこか遠くを見ている。

「先輩は悲惨な過去があるんですけど、それに負けないで生きようとしてる、強いヒトなんですよね。器用っていうか。そういうとこがすごいな~と思ってあの人についていこうってなったんですけど」
「へぇ」
「生きるためならなんでもする、って割り切ってるくせに、妙なトコで熱くなる癖もある人で。たぶん、根は善人なんでしょうねぇ。
 は~でもコレは騙された。騙されたな~~」

 蠢く右手を叩いてテーブルに突っ伏したルーカスに20ポンド札を5枚押し付け「じゃ、医師の方には話をつけておく。君の端末に連絡するよ」「はぁ。教えましたっけ?」「教えなくても知ってるんだ」はぁ、とぼやいた相手は20ポンド札をしっかりポケットに押し込んだ。
 それから、少し迷ったあと、私の魔力を込めた木製のお手製ルーンをテーブルに置く。本当はいざってときに使う御守りみたいなものなんだけど…。「これ、持っておいて」「?」顔を上げた相手が木彫りのルーンをつまんだ。

「なんですかこれ」
「私の魔力を込めてある。それがあれば数日は君の右手も安心だろう」

 ブラッド卿が姿を消してからしばらくたつ。エディの体にはまだ異常は出ていないが、これ以上の放置は危険だし、こちらがシリル・キーツに接触する前に死んでもらっては困る。
 仕方なく私の魔力を分けたわけだが、相手はそれにいたく感動したらしい。キラキラした瞳で「ありがとうございます。うわぁ」と大事そうにルーンを握りしめるので肩を竦めて返す。
 この施しは、君が死んだら困るから、それだけだよ。

 


 

 

お久しぶり更新になりました…。25話め!

ちゃくちゃくと仕事をしていく天才魔術師さん。自称じゃないよ!

 

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